Sunday, October 9, 2011

アメリカ版「パテント・ボックス」?

ここ何年かの間に世界各地ですっかりお馴染みとなりつつある税法に「パテント・ボックス」というものがある。オランダ、ルクセンブルグ、アイルランド、ベルギー、スペイン、フランス、スイスというどちらかというと納税者フレンドリーなヨーロッパ諸国に加えて中国も同制度を導入している。また2013年からはいよいよ英国でも採用される見通しとなり、ますます市民権を得つつ感じがある。そこでいよいよアメリカでも、ハイテク、製薬業界等のプッシュに基づき、導入論が浮上してきている。

*パテント・ボックス

パテント・ボックスなどというと、パテントを入れる魔法の箱(そんな箱ない!)、または特許技術に基づいて製造されたハイテクな箱をイメージするかもしれない。

実はボックスとは言え、本当の箱ではなく、基本的な仕組みは、パテントを取ってそれを利用した製品から得られる所得を「別ボックスに入れ」は、一般の法人税よりも低い税率を適用してあげましょう、というものだ。世界的な傾向として通常の法人税率は25%前後のところが多いがパテント・ボックスに適用される税率は10%~15%といったイメージだ。

自国で価値のある無形資産(IP)を創造・商品化してもらうためのインセンティブとなり、付加価値の高い雇用にも繋がり、国の経済競争力をも高めるということで最近人気が高い政策だ。裏を返せば、IP関係の仕事は今や世界のたくさんの場所で行うことが可能で場所的に選択肢が多いという危機感を反映しているものとも思える。

多くのパテント・ボックスは21世紀に入ってから導入されている新しいものだ。アイルランドでは1970年代に導入されているが(さすがIP Migrationのトップ・デスティネーション・・)、他国のものはここ何年かの間に導入されている。

このようにパテント・ボックス現象は比較的近年のものなので、実際にパテント・ボックスを導入してそれなりの経済効果があるのかどうかに関する確固たる科学的なデータは未だ存在しないだろうが、ヨーロッパではそれなりの効果が見られているという見方が多いようだ。

パテント・ボックスと一言で言ってもその規定内容は国によって異なる。例えばオランダのパテント・ボックスは2007年に初めて施行されているが、2010年には必ずしもパテントに至らなくても、一定の要件を満たす研究開発に基づく製品・サービス提供から得られる所得に低税率を適用するという「イノベーション・ボックス」に進化している。中国のこの分野でCutting Edgeな考え方を導入して、一定のマーケット的なノウハウをも含むIPからの所得を対象としている。

*R&Dクレジットでは不十分?

税制によるIP開発のインセンティブというとR&DクレジットのようなR&D関係の支出に係る特別措置が思い出されるだろう。そんな規定がありながら、なぜパテント・ボックスのような新種の措置が各国で検討される必要があるのか、という疑問が出てくる。R&Dクレジット等は研究開発の活動を行うことに対するインセンティブであるが、パテント・ボックスはそこで開発されたIPを使用して「商品化」に結びつけて初めて恩典を得られるという点で異なる。パテント・ボックスはこの商品化の過程でより高い経済効果が得られるという認識に基づいているようだ。

*米国版パテント・ボックス?

米国では税法の抜本的改正がより強く求められている。数多くの特殊インセンティブと高税率が複雑に絡み合ってコンプライアンス、プラニングのコストが高い上に、結局、規定の法人税率で税金を支払う法人は少ないという現象が続いているからだ。であれば、法人税率を初めから低く抑えて、その代わりにインセンティブを撤廃してしまってはどうかという改正だ。

そんな環境でのパテント・ボックス導入は、特殊インセンティブがまた一つ増えるという点で大きな流れに逆行しているようにも見える。イノベーション・ボックスのような規定が導入されるとすると、どのような活動からのどの部分の所得がボックスに適格となるか、という根本的な算定ひとつを取ってみても、かなり複雑な施行規則が必要となる点は間違いがない。どの経費が対象となる活動に関係するものなのか(またSec.861の流用?)、を会計事務所に費用を払って文書化するような事態となるだろう。Sec.199 やR&Dクレジットに対する作業を考えて見ると分かり易い。

ただ、他国の実績として全体の税法の簡素化を図りながら、同時にパテント・ボックスを導入できると主張する一派もあり、今後導入メリットの有無が広く議論されていくことになるだろう。

歳入が減少傾向にある今日この頃だけに、その面でも導入には慎重論も出てくるだろう。特に法人への恩典は、個人レベルで税負担の重みがより強く感じられている今日この頃だけに風当たりが強い。この点に関して導入推進派は、何もしないで低税率の恩典が与えられる訳ではなく、パテントまたは一定のイノベーションを実現したものに対するご褒美なのだからフェアなものだと主張する。

社会政策としてのタックスを議論する際に、「研究開発」と「Small Business」は常に特殊なステータスにあることから、向かい風の中、パテント・ボックスが導入される可能性はもしかしたら低くないかもしれない。