Wednesday, May 7, 2008

どちらが優先?租税条約と内国法

2008年の4月後半にブログを始めてから1年がたった。数えてみるとこの1年間でちょうど100のポスティングをしていた。個人的趣味から再編系の内容が多いが他にもグリーンカード、パススルー、ポリシー、社会保障協定、FIN 48、その他、分野は多岐に亘っている。今日のポスティングもどちらかというとポリシー系の話だ。

*租税条約と内国法の相対的な位置づけ

米国の内国法である「Internal Revenue Code (I.R.C.)」と租税条約の相対的な位置づけは時として難しい。合衆国憲法の第VI条は「連邦内国法」と「条約」の各々を国の「最高法(Supreme Law)」と位置づけている。したがって、米国の法体系の下では「I.R.C.」と「租税条約」は国の最高法として同格であることが分かる。

しかし、単に同格で終わっては困ることがある。租税条約はI.R.C.下の税務上の取り扱いを緩和して米国非居住者、外国法人の米国での税負担を低減する目的で適用される局面がほとんどであることから、I.R.C.と租税条約の規定は当然「異なる」のである。異なる二つの法律が同格に位置するという状況で、どちらが優先されるかを決定する必要が生じることがある。裁判所はできるだけの努力をして「租税条約と内国法に矛盾はない(「Harmony」な状態にある)」という理由を見出し、一見異なる規定をうまく取りまとめようとする。しかし、どうしてもHarmonizeできない場合には「後法優先の原則(the last-in-time rule)」の考え方を適用して事態の解決を図る。すなわち、I.R.C.と租税条約では時間的に「後」で規定された方が優先となる。

とは言え、後から租税条約やI.R.C.が何の言及もなく規定され他方の規定が自然消滅というようなケースはまずない。大概その立法趣旨、条約の背景を説明する公文書等で「今回新たに合意された租税条約の何々の条項はそれと矛盾するI.R.C.に優先する」または「I.R.C.のこのSec.の改訂は現存する租税条約の矛盾する条項に優先する」等の意思表示がされているケースが多い。近年では日米新租税条約の中の米国不動産持株法人の定義がI.R.C.の定義よりも若干緩いが、租税条約を優先して考えていいと思われる点が好例であろう。

*租税条約が常に「Override」するとは限らない

一般的に考えると租税条約の規定が米国の内国法であるI.R.C.よりも常に優先されるように思われるかもしれない。しかし現実には上述の通り、租税条約に規定があっても締結のタイミング次第では、I.R.C.の方に優先権が与えられ、条約の適用が実はできなかったというような事態も十分に想定できる。そんな事態を再確認させられる判例がこの程、租税裁判所のメモランダム・ケースで言い渡された。

*Jamieson v. Commissiner

Jamiesonケースの争点は米加租税条約に基づき、カナダ居住者がI.R.C.に規定通りにAMTを支払う必要があるかどうかというものだ。AMTそのものの規定は複雑だが、その一般的コンセプトに関しては2007年9月10日にポスティングした「AMTは本当に撤廃できるのか」を参照して欲しい。

AMTを算定する際には、通常の税金の算定同様に外国税額控除(FTC)を計上することができる。ただし、AMT算定目的で使用できるFTCは、FTC控除前のAMTの90%に限定されるという法律が当時は存在した(この制限は2004年の税法改正で撤廃)。すなわち、FTCを計上したとしても常にAMTの10%は最終税額として残るような仕組みになっていた。

このケースでは、納税者が米国市民権を有しているために米国でも全世界所得を対象として確定申告している。しかし所得のほとんどがカナダ源泉であり、カナダでの税額をFTCとして計上しているというシナリオだ。通常の所得税を算定する際にはFTCにより米国の税負担はゼロとなる。しかし、AMTを算定する際には上述の90%制限があるため、AMTを完全にゼロとすることはできず、結果としてAMTは部分的に支払う必要が生じる。

これに対し、納税者は米加租税条約第24条に基づき、AMTに対しても全額FTCが認められるべきだと主張した。租税条約にある程度関与されている者であれば、まず「米国市民権を持つ者は租税条約を利用して米国の税負担を軽減してはいけない」のではないか、すなわち「Saving Clause」の適用があるのではないか、という疑問を持つであろう。確かに米加租税条約にもSaving Clauseは規定されているが、24条は敢えて「米国市民権を持っていながらカナダに居住している者」に対する米国でのFTCを規定しており、Saving Clauseから特別に免除されている。

*どちらが「後法」か

今回の判決は基本的に過去の判例である「Kappus v. Commissioner」の考え方が適用されている。これは「Stare Decisis」という米国法の基本である「先例拘束力の原則」を考えれば当然のことである。具体的には、I.R.C.と租税条約は異なる規定をしていると解釈されるとした上で、タイミング的に租税条約の規定は、AMTのFTCに対する90%制限が1986年に規定される以前から存在しており、後法は内国法であるI.R.C.であるとされた。

納税者は1986年以降に租税条約の24条に対して条項修正が両国間で合意されているため、租税条約こそが後法であると主張した。しかし、その条項修正は今回問題となっている文言以外の部分に対するものであり、1986年時点でのI.R.C.の後法としての地位を揺るがすものではないとされた。

このように単純に後法優先と言っても、どちらが後法かという基本的な認識も納税者とIRSで異なることがあるので驚きだ。

*立法趣旨

さらに、1986年にAMT FTCの90%制限を定めた際の立法趣旨に「外国で全ての所得を得ていても何らかの形で米国政府からの恩典を受けていることから最低限のAMTは支払ってもらう」と明言されている点、またその後の1988年の法律改正の際に「AMTのFTCに対する90%制限は、それと矛盾する既存の租税条約よりも優先的に取り扱われること」と述べられていること、などから立法議会がAMT FTCの90%制限を租税条約の規定に係らず適用しようとする意図を持っていたことは明確であるとされた。